【書評】『赤いモレスキンの女』パリの書店主がつむぐ珠玉のラブストーリー

2020年に発売された『赤いモレスキンの女』を長いこと積んでいたのですが、ついに読みました。

実は、家にあるほとんどの本をいつどこで購入したのか覚えている私ですが、この本に関してはなぜか全く記憶にない。中古で購入したのか、書店で購入したのかさえも覚えていないのです。

そんなことから、まるで魔法のように手元に出現した『赤いモレスキンの女』ですが、その出現のロマンチシズムと呼応するように内容も美しくソフィスティケイテッドな本でした。

目次

現題はモレスキンじゃない 『赤いモレスキンの女』を紐解く

実は本作、原題は“La femme au carnet rouge”、洋書版でも“The Red Notebook”と赤い「モレスキン」ではないんですよね。

フランス語、英語ともにキーとなっているのは赤いノートなんです。
ですが今回、翻訳版では赤いモレスキンに。ここに本作の魅力がたっぷり詰まっているように思いました。

というのも、モレスキンとはイタリアの有名ノートメーカー。手帳や文房具が好きな方からすぐにピンとくるブランドでもあり、その価格帯が高価なことでも知られています。そして大型の書店には決まって、モレスキンの棚が。

そう、日本人にとって、モレスキンは“書店”のイメージと、“こだわりの名品”のイメージが強いブランドでもあるのです。

こうしたユニークなエッセンスも手助けして、私たちは本書の主人公・ローランが書店主であることや、ロールがモディアノを愛読するような女性であるというところと文学のエスプリを結びつけていくことは難くないでしょう。

そして彼/彼女が独特の感性の中で洗練された物を丁寧に愛している様子はすでにタイトルからも感じ取ることができるのです。

モラルとロマンのはざまをゆく 禁断のあらすじ

パリの書店主ローランが道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票と、文章が綴られた赤い手帳。バツイチ男のローランは女が書き綴った魅惑的な世界に魅せられ、わずかな手がかりを頼りに落とし主を探し始める。英王室カミラ夫人も絶賛、洒脱な大人のおとぎ話第二弾。

新潮社公式ウェブサイト https://www.shinchosha.co.jp/book/590170/

大人のおとぎ話という、あまりに洒脱なキャッチコピーから伝わるように、この作品の最大のみどころはファンタジックにも感じられる突き抜けた純愛。ですがそこには、性的な要素が全く介在しないわけではありませんでした。直接的な表現はほとんど出てこないものの、妖艶な美しさは文と文のあいまから香水のように甘く香りたつ。そしてそのドキリとする描写が効いていて、現実離れした“おとぎ話”だからと一蹴せずにすむ所以でもあるのだと感じました。

また、特筆したいのはそのモラル。正直この作品の最大のネックにして、最大の魅力という相反する部分はここだと思います。序盤に登場するロールの夢の内容や、ローランの後半の行動は正直眉をひそめられてもおかしくないんです。

これを最大のお洒落と捉え、フランス文学の香水に酔いすぎた経験だと感じるか、シンプルに受け入れ難い部分なのかは人によるのかもしれないと思いました。私はロールの夢はちょっと受け入れ難かったです。

とはいえ、人に勧めないほど強烈かというとそうではない。むしろこの禁断のモラルを介して誰かと語り合いたくなるほど、本書は洗練された作品でもあるのです。だからこそ多くの人と共感したり、多くの人と反発しあいたいと感じました。

文章なのに小道具に魅せられる

加えて言及したいのは、やはり小道具の描き方と選び方のセンスでしょう。

公式のあらすじに「パリの書店主ローランが道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票と、文章が綴られた赤い手帳」という一文がある時点で、この作品が「人の所有物」に並々ならぬこだわりを持って描いており、それが多くの人を惹きつけているのだと思いました。

固有名詞が出てくる作品は、時にその世界を正確に描写しすぎてしまいます。現実のものだと突きつけられてしまったり、生々しく浮き上がってしまうことも。ただ『赤いモレスキンの女』は、その秀逸な小道具選びがロールという女性を雄弁に語っています。

ロールのハンドバッグの中身は、ロールについて描かれる情報のさらに奥深く、彼女の人生のピースのように輝いているのです。口紅の色から、香水、鏡、『ELLE』の切り抜き……。彼女がどんな人間で、どんな生活をしてきたのかがまるで知り合いかのように想像できます。

同時に私たちは、「持ち物」に込められるロマンに憧れることも。ロールのように人生を象徴するピースのような持ち物でバッグを溢れさせたいと思う描画力でした。

『赤いモレスキンの女』を読んで

作中で言及されるモディアノをはじめとした、複数の作家たちの本もまた、読んでみたいと思いました。

そして、こうして本と本が結びつきあって次の読書体験につながっていく様子が、書店や本をキーワードとした作品の面白さでもあるのでしょう。

自分の生活に余裕がではじめたこのタイミングでこの本に出会えたことはなによりの出来事だったと思います。この美しい物語を“美しいんだ”と受け止められた自分が、ちゃんと今を生きているのだと認識できたから。

また次の読書体験に向けて、歩み始めます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

洋書を読めるようになりたくて奮闘中。
フリーランス / 翻訳学習ちょっぴり / TOEICたまに受験
世界中の素敵な本と出会いたい愛犬家。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次
閉じる